プルスウルトラ

ごきげんよう、ひとりです。

今月から再就職に向けて就職活動をゆるりと始めました。その上で気づいたこととか学んだこととか、これは譲れないなとか、そんな研究や自己分析の結果を残しておきたいと思いまして。ボチボチひとりごちっていこうと重い腰を上げました。

自己分析と言えば、僕のヒーローアカデミア。連載が終わったということで気になって手に取ってみたら見事にハマって。めちゃくちゃ面白い。大好きな作品になりました。ジャンプ版ガッシュみたいな。私的好きな漫画ランキングBEST5に速攻で入ってきました。ちなみにBEST5の順番は決まっていません、同率一位です。

 

話を戻しまして。ヒロアカのストーリーの中で“オリジン”という言葉と“ライジング”という言葉が出てきます。ヒーローを目指すに至った理由、ヴィランになるまでの過程、原点の“オリジン”ヒーローとしての成長、ヴィランとしての成長、壁を乗り越えた先にあるライジング”。登場人物の一人一人に、善のヒーローにも悪のヴィランにも、それぞれの「オリジン」と「ライジング」があります。これって、ヒロアカの世界だけの話ではないと思うんです。現実を生きる私たちにもそれぞれのオリジンとライジングがあって、これを具体化していく作業こそが自己分析になるんではないかと。なのでね、「ひとり:オリジン」「ひとり:ライジング」とか言って、ヒロアカの世界観に浸りながら自己分析していこうかなと企んでいます。何より、主人公のデク君が頑張っているのを見ると「私も頑張りたいな、頑張らないとな」って思えてきて。ヒロアカは私の重い腰を上げるのを手伝ってくれたわけです。今回のひとりごとは仕事のあれこれを話していこうと思います。

 

主導権

まず、私が今回就活する上で絶対に譲れないことから話していきますね。それは、「自分の人生の主導権は死んでも自分が握っていること」です。本当に大事なこと。対企業でも、対個人でも、どんな場面でも言えることです。TOKIOの宙船で「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるな」ってあるじゃないですか。これと同じです。そしてほとんどの場合、オールを奪おうとしてくる奴は自分が消えて喜ぶような人間です。

大学4年生の頃、就活の際、「どこでもいいから内定が欲しい」「私なんかに内定をくれるなんて良い企業だ」くらいに考えていました。“選んでもらう”というスタンスで就活していました。今思うともうこの考えがおかしい。モラハラホイホイです。もちろん、高飛車であれと言っているわけではなく、妥協は必要だと思う。ただ、当然私たち個人も選ぶ側であって、選ぶ権利を持っているわけです。私の場合、それを放棄して、オールを手放して渡した先がモラハラ体質の企業でした。

不当に自己肯定感を下げてはいけないし、こういう人生の選択の場面において自分を守れるのなんて自分しかいないんでね。それはお高くとまりすぎでは?というくらい、気持ちは高くとまっていていいんだと思います。態度に出さなきゃいいんです。そして、これは私自身の“課題”になるんですけどね。テストとか試験みたいな、正解があってわかりやすい基準で「あなたは正しい」と判を押してくれるものに関しては自信満々だし、普段自己肯定感は高い方でプライドもあって自信もあるのに、就活みたいな他人の物差しではかられる場面だと何故か自己肯定感が低くなって自信を無くしてしまうんですよね。なんでしょうね、これ。他人による評価より自己評価の方が高くなると恥を覚えるのかな。恥をかくのが怖い。「裸の王様にはなりたくない」みたいな。ただ、この自己肯定感が低くて自信がないという態度は弱みをモロに晒す行為であって、自分のオールをはいどうぞって差し出しているのと同じなので、これまでの経験の反省を活かして絶対に直したい点です。

 

ソルジャー

私が新卒で入社した企業には、特徴としてよく挙げられる言葉があります。「ソルジャー・少数精鋭・体育会系」です。少数精鋭って“選ばれし者”感が出ていて、その分一人一人の給料も高くなるし、就活生の頃はかっこいいと思っていました。現実はただの人手不足。末端まで監督が行き届いていないから、もはや無秩序。好き放題やっていましたよ。新人潰しに精を出す一般職に、見ないふりをする管理職。いわゆるお局が実権を握っているような職場でした。何が起きても「人手不足だから」で終わり。責任の所在が有耶無耶になって押し付けられるマジシャンもビックリの現象。そして実際に人手不足な現場。もうね、こういう職場に当たってしまったら、心の中で「こいつらはヴィラン連合だ」って思って対ヴィランの付き合い方を実践すれば、少しは心を守れるんじゃないかなって思うんです。人間だと思うから容赦しちゃうんですよ、きっと。

ソルジャーってなんかこう、BLEACHでいうところの11番隊みたいに、主戦力として扱われるかっこいい実力者のことだと思っていました。もちろん、そういう場合でソルジャーって言うこともあるのかもしれません。だけど、ソルジャーを謳っているところは基本ヤバイという認識でいい気がします。まあ合う合わないもあると思いますが。要は、使い捨て駒なわけです。会社の一兵器です。人間として見られていないんですよね。潰れるまで、壊れるまで、使える間は酷使して、ボロボロになったらポイ。で、また新しい兵器を補充して同じことの繰り返し。これを何年か耐えると年収が上がっていくわけですが、私は脆かったのですぐに壊れました。今の時点で分かっていることは、「ソルジャー・少数精鋭・体育会系」を謳う企業とのミスマッチですね。

自分は身体も心も弱くはないし、むしろ強い方だと思っていました。体育会系と謳われていても、根性でどうにかできるんじゃないかってくらい強い方だと。今思うと、その自信は間違ってはいなくて、「耐える」という行為にフォーカスしたら割と頑張っていた方なんじゃないかな。パワハラってその行為自体も問題だしストレスの原因になるけど、パワハラによって業務の遂行が妨害されること、業務が進まないことが大きなストレスの要因になるんですって。思い返せば、円滑に業務遂行出来た経験が甚だ少ない気がします。世の中にはヴィランが本当に存在していて、ヴィランが生息しやすい場所かどうかの見極めも大事なんだなって思います。「ソルジャー・少数精鋭・体育会系」を容認できる人たちの集まりなんて、ヴィランも紛れやすいでしょうに。入る前からある程度推測できる要素もあるので、企業研究は手を抜いたらダメですね。私の新卒就活における敗因の一つです。今度こそ企業研究、頑張らないと。あとね、業種で検索した時、「やめとけ」などの悪評が大半を占める場合、マジでやめといた方がいいです。そういう職は、メンタルが鍛えられるとかそんな軽い負荷では済みません。筋トレ初心者がSASUKEの会場にぶちこまれて心身ボロボロになり、リタイアせざるを得なくなる。そんなイメージ。まあ、既にメンタルをバキバキに鍛え上げている人は耐えられるのかもしれませんが。ちなみに、私の前職は“三大「やめとけ」業種”の一つに挙げられていました。

 

人形

今回、全部似たような話題になってしまうんですけどね。「自分のことをコントロールしようとしてくる人間とは関わらない」ってことも、これからの人生で大事にしたいです。たまに、自分以外の誰かを自分の思い通りに動かそうとしてくる人間がいます。あたかもこちらが意思を持たない人形であるかのうように、操ろうとしてくる。あまりにも大胆に強引で白昼堂々の犯行なので、ビックリします。まるでジャイアンですね。お前のものは俺のものって。私の経験上こういったジャイアンたちは、対等に利害の擦り合わせが出来ない人たちなので、逃げるが勝ちになります。さらに、逃げることが最大の仕返しになります。ジャイアンの前では「逃げる」が美徳です。実は、今回始めたばかりの就活の中で一人のジャイアンに遭遇しまして。対ジャイアン専用の心構えを常に持っておくべきだなって改めて思いました。そんな話をこれからしていきますね。

再就職に向けてまずは派遣社員として働きたいなと考えていました。そう考えていた当時の私は、体力とか人間関係とか、不安と恐怖でいっぱいいっぱいで、「簡単に辞められる」「未来が決まっている(有期)」を重視していました。そうなると正社員はありえなくて、派遣・契約・バイトのどれかになるかなと。それで何社か派遣会社に登録して、自宅から近い案件にエントリーしてみたんです。まあそれからは鬼電の嵐ですよ。あそこもあるけどどう?とか、ここもあるよ!どう?とか。初めての経験で、もう本当に「斡旋!」って感じでした。その中で一社だけヤバイなここって感じるところがあって。ヤバイ点を端的に挙げると、「考える隙を与えないスピード感」「意向を無視して無理やり話を進める」ってところかな。派遣会社の営業って、とにかく人を会社に送ることが仕事なわけです。労働者と企業の双方がマッチしていようがしていなかろうが、とにかくマッチさせることが仕事なんです。まあ派遣会社や担当によってやり方は違うと思いますが。私がヤバイと思ったところは、とにかく“無理やり感”がすごかったです。考える時間、調べる時間を与えずに話を進めて、こちらが嫌だと断っているのに無理やり職場見学(面接)の予定を決めてくる。そりゃ不審に思った鴨は逃げるわけで。初心者で右も左もわからない私みたいな鴨を、離職率が高くて採用になりやすい不人気な派遣先に送り込めたら、そこでゲームクリアなんですよね派遣の営業って。この短期間で「話を進めるのが強引で速い」「拒絶の意思を示しているのに無理やり話を進める」ところはヤバイと学べました。そして多分、簡単に辞められないです。どんなに感じが良い営業担当であっても、断ったら干されるかもというリスクがあっても、ジャイアンに自分のオールを渡したら一生返してもらえないと思っていいです。私はこの派遣会社とはもう関わりたくなかったので、他社で仕事が決まったとか嘘言って逃げちゃいました。

このヤバイ派遣会社、気持ち悪くて不快で、なんかこの感覚どこかで経験したことあるなって思ったら、デブトロールと同じなんですよ。相手のことを人形かの如く強引に無理やりコントロールしようとしてくる。その意図が見え透いている。幸せって、自分の人生をコントロールできたときに感じるらしいです。ただ中には、自他境界線が薄かったり無かったりで、自分以外の誰かをコントロールできないと不幸に感じる人間がいます。それはその人の問題であって、“思い通りに動いてくれない相手”に責任は何一つありません。図々しいにもほどがあります。「与える」と「奪われる」は結果が同じでも意味が全く異なります。当然ですが。自分のものを自ら与えて渡すのは人間らしい行為ですが、奪われて渡すとなると人形として扱われているのと同じです。もっと言ってしまえば、奪ってくる奴はドロボーと同じ。これからの人生、自分のことを自分の意思に反してコントロールしようとしてくる輩とは絶対的に縁を切りたいものですね。

 

まあ、派遣会社の営業に関しては、向こうも慈善活動で仕事を斡旋しているわけではないし、調べてみると割とあるあるらしいし(これもおかしいけど)、派遣の仕組みや思惑を理解していなかった私にも非はある気がします。ただその第三者の思惑に左右される状況がストレスで、抗う気持ちが育ってきた時、なんだか元気が出てきた気がして。そんなこんなで結局正社員での再就職を目指すことにしました。あれだけ不安と恐怖でいっぱいいっぱいだったのに、いざ「自分の人生、自分でコントロールしてやる!」って思うとみるみるエネルギーが湧いてきます。不思議ですね。ちゃんと一から自己分析して企業研究して、就活らしい就活を始めたところです。今回、話題が似通っているのも、きっと自分の中で「奪われたくない」という気持ちが今一番強いからだと思います。生殺与奪の権を他人に握らせるなってことですね。

 

 

最後に

結構前に、まだ身体と心が疲弊しきっていた頃、ネットで「無職から働きだしたきっかけ」みたいなものを目にしたことがあって。ある人がね、「欲しいものが出来てどうしてもそれが買いたくて、そのためにお金が必要になったから、働き始めた。トントン拍子に止まっていた人生が進みだして今ハッピー☆」みたいなことを書き込んでいて。その書き込みを見た時、なんかいいな、人生こんな風でありたいなって漠然と思っていました。

最近、私は編み物にハマっていまして。毛糸って思った以上に高いんですよね。編針も種類が多くて毎回新しく買う必要が出てくるので、いっそのこと編針セットが欲しいなって。そんなこんなで「あ、お金欲しい、働こうかな」と思うようになりました。昔の自分だったら、きっかけなんて自分から探しに行かないと!って思うところだったけど、きっかけを待って長い時間ゆっくり過ごすのもなかなか良かったなって今は思います。急がば回れです。焦りやすい人ほど回り道をしないといけないのかもしれません。

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ひとりごとより。/『少女は卒業しない』朝井リョウ