ヘブンズ・ドアー
ごきげんよう。お久しぶりです。ひとりです。もうすぐ今年も終わりですね。今年は特に早く感じる一年でした。私事としては社会に復帰したという部分が大きくて、過ぎるのも早く、変化も目まぐるしい一年だったなと。そんな中、毎日何かを考えながら過ごしてきたわけですが、なかなかそれを言語化する気力や体力や時間がなくて、なんだかもったいない気がしてきました。ですので、何らかの形で文章にして残していこうと現在企んでおります。そういうわけで今日はその第一弾。最近、人生でターニングポイントになりうる劇的な出来事を経験して、やる気スイッチがバチッと音を立てて入りました。「これは書かなければ!」と。
ところで皆さん、ジョジョはお好きですか。荒木先生の『ジョジョの奇妙な冒険』、私は今年ど・ど・ど・どハマりしました。ワンピースとジョジョ、この二色の一年だったな。ジョジョの4部にね、岸辺露伴という漫画家が出てくるんですよ。実写化の影響で知名度も高いと思います。露伴先生のスタンド「ヘブンズ・ドアー」は、人間を本にする能力。本にはその人間の性格やら、能力やら、本心やら、生きてきた軌跡が赤裸々に書いてあって、露伴先生に自分という人間を暴かれてしまうわけです。でね、もし自分がこのヘブンズ・ドアーを食らったとしたら、何が書いてあるんだろうって思って。本にできるほど私という人間は厚みがあるのかなって。きっと露伴先生の漫画の参考になんてならないんだろうなって、ぼんやりと考えていたことがあります。でもね。自分で自分をどういう人間かってすぐにパッとは答えられないけど、周りからの影響とか、感銘を受けた言葉とか、自分の中に取り込んだと自覚する素敵な経験はたくさんあって、なんだかんだちゃんと本になりそうだと思えたんです。「好きなもの」や「大事なもの」って、ちゃんと自分という人間を作り上げてくれているんですね。ヘブンズ・ドアーを意識して自己分析するのも楽しそう。
自分の本も読んでみたいし、他人の本も読んでみたいな。これを書いていて思い出したんですけどね。就活の時ってみんな自己分析しますよね。それを開示する相手って企業だけで、せっかく時間かけて自己分析したんだし、仲の良い友達同士で開示し合うのも楽しそうだなって思ったことがあります。自分の知らない相手の一面とか、自分も相手に見せない一面とか、意図せずに知らせていない面もあるだろうし。まあとにもかくにも、ヘブンズ・ドアーは便利ってことですね。プライバシーの侵害になるけど。
D4C
さあここからは、人生でターニングポイントになりうる劇的な出来事とやらを話していこうと思います。前提として、私は引きこもりニートをしていました。新卒で入った会社でパワハラに遭い、体と心がバラバラのボロボロで、療養にまあまあ長い時間を浪費していました。まあ、浪費って言葉は違うかも。「浪費」だと当時は思っていたんですけどね。元気になるにつれて体と心を治すためには必要な時間だったなと、今はその時間も受け入れられるようになりました。話を戻しますと、デブトロールがきっかけで人と会うのが怖くなってしまい、引きこもってからは誰にも会わないで過ごしていました。
(デブトロールについての詳細は最後に載せておきます。)
でね、社会復帰して、そんな恐怖も平気になったかなって思えた頃。2年ぶりに仲の良かった大学時代の友達から食事の誘いが来ました。最後に会った時、私はすでに会社を辞めていて療養しているってことも話していた仲です。
まず思ったことは、嬉しさより先に緊張です。平気だと思っていたけど、やっぱりちょっと怖かった。でも、嬉しい気持ちもあったし、なんて言うか、これを機にやっと病む前の自分に戻れるんじゃないかって期待が高まった。前の自分。いつも通りの自分。普通だった頃の自分。ずっと戻りたかった。だから、不安と緊張が半分、嬉しさと期待が半分でした。
でも約束は実現しなかった。都合が合わなくて一度リスケを経て、日程のトラブルもありつつ約束した日。お互いに連絡をしなかったんです。つまり自然消滅です。一応ね、当日いつ連絡が来ても対応できるように繁華街をプラプラしていたの。おかしな話でしょ?でもね、自分から連絡するのは怖かった。「2年」は人を変えるには十分な時間で、私も相手も会わない間に変わってしまったと思う。それこそ「前の自分」だったら、当然連絡していたはずで、約束は絶対に実現していたと思う。結局この日は「…なにも!!!な"かった…!!!!(ドン)」ってわけです。
ここからなんです!本題のターニングポイントってのは。この出来事をきっかけに自分の中で明らかに変わったものがあって。約束が実現しなかったことで色んな感情に襲われました。第一に、ホッとした。やっぱり怖かったんですね。同時に悲しみのショックも込み上げてきた。これはまあ、自分も約束をブッチしているわけなので何も言えないのですが。言葉にするなら、あの頃のあの関係はもう終わってしまったんだなという寂しさですかね。関係値が「思い出の中」に変わってしまったということ。
そして、最後に一つ。期待していたものが崩れ落ちていったことへの絶望感。病む前の自分、昔の自分、いつも通りの自分、普通だった頃の自分。こんなものはないんだと、嫌でも自覚した。ずっと戻りたいと思っていた。「あの時に戻って、あの続きがしたい」って、ずっとそう思ってきた。あまりにも理不尽すぎる。パワハラのせいで失ったものが多すぎる。ジンベエがさ、失ったものばかり数えるなって言っていたけどさ。あのシーン大好きだけどさ。本当に、残っているものがないんだよ。
そんな感情にまみれて、その後の数日は体が重く感じました。涙は出なくとも、体が今にも泣き出しそうってな感じ。でもね、体の重さが抜けた頃くらいに、なんだかスッキリと爽快感があって。突然、考え方が明確に変化したんです。ずっと戻りたいと思ってきた。でも、実際は戻れない。何よりも、「あの続きは、あの時じゃないと出来ない」と悟ったんです。もし今「あの頃の自分」に戻れたとしても、「あの続き」はもうできないんです。「戻る」とか「あの時」とか、そういうものに固執しすぎていた。戻ることがゴールだと思っていた。この思考自体は、地続きの今を生きてきたわけだから、仕方なかったと思う。だけど、今回の出来事をきっかけに、この呪縛が解けたんですよ。そう思うとなんだかね、意味わからないけどウキウキしてワクワクして、心から明るくなった。「あ、戻った」って気がした。これはつまり、心が完全に元気になったのかなって、私は解釈しています。そういう意味では「戻った」わけですよ。
今回の出来事って、“過去を過去として受け入れられるようになった”ってことなんじゃあないかと思います。どんなに理不尽でもね。というか、理不尽だから時間がかかった。期待が崩れたこと、つまり、「戻れない」という事実に気づいたことを最初は後退だと悲観したけど、そうではなく実は前進だったんですね。「マイナスからゼロに」ってとにかくそう思ってきたけど、なんて言うかね、「別に原点を通らなくてもプラスに行けるじゃん」って世界の見方が変わったのよ。そうしたら、やっと見えている世界が元に戻った気がしました。思考の転換にこれというきっかけがあるわけじゃないから、この一連の文章ちょっとホラーみたいになっているかもしれないけど。まあ、成歩堂君みたいな発想の逆転を無意識にやってのけたということで、大目に見てください。
ジョジョ7部に出てくるアメリカ大統領のスタンド。「いともたやすく行われるえげつない行為」「Dirty deeds done dirt cheap」D4Cと呼ばれるスタンドです。難しいのでシンプルに説明すると、パラレルワールドを行き来できる能力なんですけどね。「あの時に戻ってあの続きをしたい」と思っていたが、出来ないと私は悟った。でも、「あの時には戻れないけど、あの世界線になら戻れるのかもしれない」なんてね。ちょうどジョジョ7部を読んでいて思ったんです。だから、今回の一連の流れに名前を付けるなら、「D4C」がいい。今は「あの時に戻れなくてもいい」と思えるようになりました。
最後に
何度か言ってきたし、今回も言ったけど、やっぱり地続きの今をずっと生きてきているから気づくのが遅れてしまうけど、時間が経過すればするほど、自分がどれだけ病んでいたかがわかる。当時はそんな大したことないって思っていたけど。今回の出来事でトニオさんの料理を食べたかのように晴れやかな気持ちになりました。
あと、デブトロールについてはこちら↓から。
そう、元気になってきたから気づけたんですけどね。会社のあれやこれやで弱っていたけど、辞めてからは徐々に快方に向かっていたんです。だから、つまりはデブトロールによって鬱が悪化したんだなって。マクロ視点ってやつ。

以上。ひとりごとでした。写真は徐倫をイメージして編んだハート。






