人生の第一局、詰み

地獄

ごきげんよう。ひとりです。

私は今、人生で初めての“詰み”に直面しています。パワハラにあって身体を壊し、会社を退職してニートになりました。でも不思議と、会社に対しても、パワハラしてきた人間に対しても、恨み辛みの感情はありません。もちろん、辞める前や辞めた直後は、恨み辛みを含むどす黒い感情にまみれていました。私の資本である身体を破壊されたわけなので、破壊してきた側の責任も確実にあります。だけど、もしパワハラにあっていなかったとしても、その先で私は更なる地獄を見たと思う。なので、むしろ、辞める口実が出来てラッキーだったんです。

今回は、そんな地獄の世界について、ちょっとずつ話していきますね。私にとっては備忘録みたいなもので、私の人生をタラタラと話していくだけなので、冗長な内容になるかもしれません。やっと心が落ち着いて、過去のこととして語れるようになったので、忘れないうちに残しておこうと思いました。読んでもらえたら嬉しいです。

 

業界の話

働いていた業界を一言で表すとしたら、「お金」になります。みんな大好きな「お金」です。人間の心を惑わすという、あの「お金」。お金には、人々の負の感情が、重苦しく纏わり憑いてきます。そんなお金を直接取り扱うわけですから、事故物件なんかよりもよっぽど、禍々しい場所になってしまう。その空間にいるすべての人が負の感情を持ち合わせているんです。地獄絵図とはまさにこのことで、その表現が全然大げさになりません。そんな場所で毎日を過ごしていました。

私の親友も、会社は違うけど同じ業界で働いていました。私が身体を壊してからずっと連絡できずにいて、辞めた時に辞めたことだけを伝えたら、なんと同じタイミングでその子も退職していたんです。話を聞くと辞めた理由も似ていて。ネットを眺めていても、同じような話ばかり転がっている。私だけじゃなかったようです。この業界自体に、そういう“癖”みたいなものがあるみたい。まあ、どこに行っても何かしらの癖はあるので、「その癖なら気にならないよ」って場所が自分に適しているんだと思います。出来れば入社する前に知りたいところです。

 

就活の話

新卒カードを使ったトランプで、私は見事にババを引いてしまったってことですね。もうこれは私の責任です。就職活動という会場で、このゲームに参加して勝負を仕掛けてしまったのが敗因エントリーシートを出した時点で、ニートになることは決まっていました。

それにしても、日本の就活って企業と学生の騙し合い、ライアーゲームみたいですよね。いかに魅力的に見せられるか。実態なんて入社するまでお互いわからない。私も多少は話を盛ったり嘘をついたりしていました。内定が決まってから、「泥臭い仕事だけど、本当に大丈夫?」って聞かれたこともあります。全然大丈夫じゃありませんでした。ある業種だけ、ごっそりとエントリーシートで落とされたんですが、今思えば、それらの企業の採用担当者は人を見る目に長けていたんですね。就活生の頃は落とされるのがどうしようもなく怖かったけど、あれって私という人間の否定ではなくて、入社したところでお互いに不適合なのが入社しなくてもわかるから落とすんですよね。「どこでもいいから、とりあえず内定が欲しい」という私の魂胆を見抜いていたわけです。まあ、嘘も身の丈に合わせないといけませんね。そうしないと噓を隠し通せたとしても、地獄に誘われてしまいます。

 

勉強の話

入社して最初の一か月、新人研修があります。新人研修のときにはもう、ほとんどを理解していました。「あ、間違えた」って。それからはずっとその答え合わせです。朝から夕方まで、就業時間は研修・研修・研修。これはどこでもそうですよね。問題は退勤後。退勤してから就寝するまでの時間を、みっちり使うことでやっと終わるような“宿題”が出されます。数時間もある動画の視聴に、何千字と書かされるレポートの提出。まるで大学です。これが一か月間毎日課されていたので、大学の試験期間よりもハードでした。ただまあ、研修期間が終わっても年次をいくつ重ねても、プライベートの時間を犠牲にして毎日勉強しないといけない業界だから、その訓練だったんだと思います。その分、高い給料が出る業種なわけで。

さらに次の問題が、資格試験の勉強。そんなハードな生活を送りながらも、そろそろ慣れてきてあと一週間したら研修も終わるって頃に、「来週、資格試験があるので勉強しておいてください」とうっかり聞き逃しちゃいそうな軽い告知が入りました。宿題のための時間を捻出するのも大変だったのに、今度は「一週間で合格するための資格勉強」が課題に追加された。この資格、時間があればそこまで難しくないものだけど、流石に一週間で合格するとなると一気に難易度がある“量”を有しています。そして内容は、“お金”に関する専門知識。この時になって初めて知ったんですが、私はどうやら“お金”に関する勉強が出来ないらしい。それまで勉強が苦手だと思ったことはほとんどなかったけど、もし経済学部か商学部に入っていたら、間違いなくそこで詰んでいましたね。個人的に、この資格試験は慶應の入試より難しかったです。後にも先にも、人生で一番ストレスを感じた瞬間でした。髪の毛が全部白髪になって禿げるかと、本気で思った。案の定、試験に落ちたって人が結構いたらしい。給料の出ない時間を大量に使って、脳が拒絶する勉強をしないといけない業界。間違えて入っちゃいました。

 

土地の話

住めば都と言いますが、住んでも地獄な場所ってあります。“合わない土地”というのが人それぞれ存在するよって話をよく耳にするけど、配属された土地に足を踏み入れるまで“合わない土地”に出会ったことがありませんでした。新人研修の最終日に、配属が発表されます。発表されてすぐの休み時間、みんなこぞってGoogleマップで自分の配属先を検索していたんですけどね。私のところだけクチコミに、特定の社員を名指ししたクレームが複数件あって。そんなバケモンがいるところにこれから行くのかと、もうすでにブルーです。実際に着任したら、そのバケモンが私の指導員で、このバケモンからパワハラを受けました。事実は小説よりも奇なり。

 

配属されて、人生で初めてその土地に降りたんですけどね。カルチャーショックで倒れそうになる毎日でした。鎌倉ものがたりで見たような、ゲゲゲの鬼太郎で見たような、そんな街。朝からベロベロに酔っぱらってフロア中に響き渡る声で意味わからないことを怒鳴り散らかしているおっさんとか、タクシー代わりに救急車を呼ぶおじいちゃんとか、指を何本か詰められているおばあちゃんとか。ちなみに、救急車を呼んだおじいちゃんは病気をしていたわけではなく、行きに乗ってきたタクシーがいなくなっていて「これでは家に帰れない、救急車を呼んでくれ」と騒ぎだしたので、救急車が来ました。

新人は胸のところに研修中と書かれたバッジを付けるんですが、それを付けると意地悪なおじさんが寄ってきます。私は着任初日にマニュアル通り「本日のご用件」を尋ねたら、「見ればわかるだろう」と怒鳴られました。一つ上の先輩は着任初日に胸ぐらを掴まれたそう。研修中バッジを外して、髪を高いところでポニーテールにした途端、意地悪なおじさんはどこかへ消えていなくなりました。こういう街なんです。会う人会う人にこの土地の名前を出すと、「ああ、あそこね。なんかすごいよね。」って苦笑いされます。共通認識みたいです。

 

その土地に毎日通うようになって一週間経った頃、先輩が歓迎会を開いてくれました。そこで初っ端耳に入った情報が、鬱病になって辞めた社員の話。私が配属される直前、4人の社員が立て続けに鬱病になって辞めていったんだとか。同じ空間でそんなに連続して何人もが鬱病になるなんて、伝染病みたいですよね。にわかには信じがたい話だったけど、一気に未来が暗くなりました。そして自分も感染した以上、あの話は本当だったんだろうなって思います。一つ上の先輩も、どうやら意地悪な上司にいじめられていたらしく、私が入ってくる前には辞めるつもりでいたそう。私を歓迎してくれると聞いていた飲み会で、先輩たちが口を揃えて「辞めたい」と言っていました。地獄が見え始めた瞬間です。

 

同期の話

入社してからびっくりしたことの一つに、同期間のマウンティングがあります。もちろん、全員がマウントを取り合っているわけではありません。ただ、マウントを取っている様子は見ていて鼻につくので、そういう子の印象は強烈に残ります。他人の褌で相撲を取る子、仕事の成績をSNSに載せる子、元カレの人数と付き合っていた期間を他人と比べて悦に浸る子。小学生の自慢大会みたいで、一瞬、時空が歪んだ気がしました。学生時代、マウントを取るような子が周りにいなかったのもあって、びっくりした。ちなみに、私の顔を見れば透かさず自分のモテ武勇伝を話してくる子がいたんですけど、それには理由があったみたいで。同期の男の子に想いを寄せていて、同じ部署にいる私を牽制したかったらしい。いじらしいと言えば聞こえはいいけど、価値観の違いに頭がクラクラします。

そんな私の価値観は、「私的領域と公的領域の境界線を徹底的に引く」というものでした。プライベートで同期に会いたくなかった。どうしても友達にはなれないから。友達という以前に“会社の人”なんです。価値観が合えば、“会社の人”という枠を超えて友達になれたのかもしれない。でも、“会社の人”という枠がある手前、価値観を分かち合うほど距離感を縮めることもない。会社の人なので、会えば会社の話になるし、会社の話になれば空気はいつもお通夜。何より、プライベートの時間に会社のことを考えたくもないし話したくもない。そんなわけで、私は同期との交流を意図的に避けていました。退勤後は学生時代の友達と飲み明かすのが癒しでしたね。まあこれは極端な例かもしれません。そもそも配属先はバラバラに散らばるので、会う努力をしないとなかなか会えません。だから久しぶりに会うと、愚痴大会と自慢大会が開催される。どこに行っても地獄です。

 

優しい人の話

そんな地獄の世界でも、優しい人が存在する。指導員が仕事を教えてくれないので、教えてくれる人にいつも聞いていました。その中でも特別、私のことを気にかけてくれるお姉さんがいて、世界で一番優しいんじゃないかってくらい優しい人でした。朝からベロベロに酔っぱらってフロア中に響き渡る声で意味わからないことを怒鳴り散らかしているおっさんも、この優しいお姉さんの前ではニッコニコになってしまうほど。実は光合成が出来て、酸素を放出しているんじゃないか。そんな風に思えるような、癒しの力を持っている人でした。私が地獄で一秒でも長く耐えられたのは、間違いなくこのお姉さんのおかげです。退職してもう会うこともないけど、幸せでいてほしいなって心から想います。ちなみに、このお姉さんに「辞めたくなったことありますか?」って聞いたことがあって、「そんな瞬間は数えきれないほどあって、毎日転職サイトからメールが来ているよ」と言っていました。こんな聖人でも辞める選択肢を持っているんだと知って、それから退職という選択肢と真面目に向き合うようになった。辞めようと考えること自体、罪悪感や背徳感が湧き上がってくるもんだから、あの時は救われたな。

 

配属先に着任してすぐ、その部署の一番偉い上司と話をしました。「これからの話」ってやつです。「会社にいる間は会社員としての“私”を演じるのであって、そこで受けた嫌な思いは全部“私”で受け止めるんだよ」そう教えてもらいました。「会社員を演じている時の“私”が受け止めるべきものを、プライベートにまで持ち込まないようにね。そうしないと病んじゃうよ。」って。それが出来なかったから病んじゃったわけですけど、すごく心に響く言葉でした。演じ分けるのには練習がいるみたい。でも、それが出来るようになったら、もう最強無敵じゃないですか。次は病んでしまう前に、ちゃんと実践できるといいな。ニートのうちの宿題ですね。

 

 

最後に

自分がもしカンダタだったら、蜘蛛の糸を腰に巻き付けてから上るだろうなって思います。嫌なことは死ぬほどあったけど、思い出そうとしても、もうほとんど思い出せない。時間薬の効力は絶大です。ただ、地獄から一抜けした時の解放感だけは忘れられません。そして今は蜘蛛の糸を伝って上っている最中。もうすぐで極楽浄土に着きそう。

でも、せっかく辿り着いた極楽浄土から再び地獄に落ちるのが怖くて、人生の第二局に挑めないでいます。想像するのはいつも、自分が落ちていく姿。一度捻挫したら同じところが捻挫しやすくなるように、また同じ目に遭ったらどうしようって。そうなったら、どうするんだろう。

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ひとりごとより。/『小さな倫理学入門』山内志朗