世界

ごきげんよう。ひとりです。本村凌二教授の『20の古典で読み解く世界史』。これまでに何かと私が推してきた本です。騙されたと思って手に取ってほしい。本当に面白いです。この本は、歴史的に有名な20の世界文学を紹介する作品になっています。それぞれの歴史的背景から物語のあらすじ、そして先生の考察まで一気に楽しめる一冊。文章も易しくて、本村先生の優しい人柄も伝わってくる一冊です。今回のひとりごとでは、こちらの作品で私の好きなところを3つ紹介させていただきますね。

 

イリアスオデュッセイア

場所はギリシアで、まだ文字もなかった時代のお話。どちらも、吟遊詩人のホメロスによって紡がれたとする叙事詩です。物語として連続していて登場人物も被っているのですが、この両作品の間には面白い違いが見えてくるそう。『イリアス』に出てくる人たちは裏表がなくあっけらかんとしているのに対して、『オデュッセイア』に出てくる人たちは疑り深く狡猾なんです。それでね、何がそうさせるのかっていうと、“神々のささやき”が聞こえているかどうかなんだって。イリアスではみんな、行動を起こした理由として「神の声に従った」と言います。そうすると周りの人も「そっか、それなら受け入れるしかないね」ってなるんです。可笑しいですよね。でも、わかりやすい世界で羨ましくもあります。「なんでパワハラなんてするの?」って聞いたら、「神に命令されたから」って返ってくるけど、それを許せちゃう世界なわけです。

神々のささやき”なんて本当にあったのか。気になるところです。これについては、二分心という説が浮かび上がってくるらしい。二分心っていうのは、めちゃくちゃ簡単に言うと、心の中に天使と悪魔がいるみたいな感覚です。自分の内なる声。実際は自分の心の中の声なんだけど、それを自覚することなく神の声だと思っていたみたいですね。そんな“神々のささやき”ですが、オデュッセイアでは聞こえなくなっちゃうんです。これは、文明が発達してより明快な言語を獲得した結果、人々が自分の内と外を区別できるようになったからだと言われています。つまり、本音と建て前を意識できるようになったということ。現代の学問で説明するとちょっと野暮ったくなるけど、大昔の人間は本当に神の声が聞こえていたのかもしれません。そう思うとなんだかワクワクしますよね。

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史記列伝

司馬遷が執筆した中国最初の正史です。史実をもとにしていて、人生で大事なことをたくさん教えてくれる作品。実際、故事成語の多くは『史記列伝』を出典にしているらしい。内容に関しては本村先生が本の中で解説してくださっているので、ここでは割愛します。私が面白いと思ったのは、中国と欧州の法に対する考え方の違い史記列伝から読み取れるってところ。そもそも、日本とヨーロッパでも、交通違反の処罰に大きな違いがあるんだとか。日本では罰が軽い代わりに頻繁に取り締まりが行われますが、ヨーロッパだと取り締まりがほとんどない代わりに莫大な罰金が課せられるそう。この例でいうなら中国はヨーロッパ寄りの価値観になります。

じゃあどこが違うのかっていうと、簡単に言うなら、民主主義的か専制的かと言ったところでしょう。欧州では話し合いをベースとする民法が基本になっているのに対し、中国では為政者が民を統率するための刑法が基本となっているんです。わかりやすく言い換えると、ヨーロッパでは疑わしい者を裁判にかけて相応の罰を処する一方で、中国では社会の秩序を乱したらその時点で罪人になるってこと。これはどちらが良くてどちらが悪いってことではないんですよ。面白いのは、大陸で地面が続いていてもこんなに違いがあって、しかもそれがちょっとやそっとのことじゃどうにもならないほど根強いってところ。ボーダーレスとかダイバーシティとか、今は何かと横文字が並ぶ時代ですが、やっぱり国っていう単位で物を見るのも大事ですね。ちなみに歴史を眺めているとよく憤死って言葉が出てきます。どういう死に方なんでしょうね。心臓が爆発するくらい感情的になっちゃうのかな。

 

戦争と平和

トルストイですね。フランスでナポレオンがブイブイ言わせていた時代ロシアのお話。「いいか、大衆にウケる歴史っていうのはこういうものだ」と言って書かれたのが『戦争と平和』です。どういう背景があってどんな物語かっていうのは本村先生が説明してくださっているので、こちらも割愛させてもらいます。本村先生はロシア文学から「ロシア的なもの」を感じ取ったとか。ロシアと言えば東欧ですが、西欧とはやっぱりどこか違うらしい。同じヨーロッパなんですけどね。じゃあその「ロシア的なもの」って一体何なのか。それは、人間という動物の捉え方だと言います。

西欧では、人間は理性と情念を分けた動物だと認識されています。人間って知っての通り、あらゆる動物の中でほぼ唯一理性を使い分けていますよね。法なんてものを作るのも人間くらいでしょう。野生動物は盗みも暴力も殺生も、全て罪に問われないわけです。その一方でロシアでは、理性と情念が混在する存在として人間を捉えています。例えば、すごく気性が激しいのに、時にとてつもなく優しい顔を見せる人っていますよね。臆病かと思えば大胆なところがある人や、卑屈かと思えば傲慢さを感じる人も。これはつまり、一人の人間の中に矛盾するような性質が同居しているってことです。

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西欧のように理性と情念って分けて考えがちですが、こうしてロシアの感性を覗いてみると、なるほど!!ってなりますよね。実際、私もそういうことを考えたことがあります。「自分は強い人間なのか、チキンなのか、どっちなんだい!」って。きっとどっちでもあるんでしょうね。西欧の価値観は、もともと“理性と情念”という分かちがたいものを、偉い学者さんたちが頑張って分けて考えようとした結果、出来上がったんだと思います。その点、ロシア文学では“理性と情念”を白黒はっきりさせずに受け入れていて、それが西欧文学とは異なった魅力になっているのでしょう。ちなみに、椎名林檎さんが作った『おとなの掟』って曲があるんですが、「白黒つけたいような、白黒つけたくないような、グレーでいこうか」みたいな歌詞になっています。なんとなく雰囲気がロシア文学に似合う歌です。聴いてみてください。

 

 

最後に。私は本村先生の本を読んで、真っ先に『大いなる遺産』を読みたい!ってなりました。ディケンズの作品です。主人公の名前はピップ。フィリップ・ピリップが本名で、自分の名前を言おうとすると上手く舌が回らなくてピップになっちゃうから、ピップ。この設定が可愛くて引き込まれました。割と読みやすかったです。異世界感とかはないんですけど、雰囲気はハリーポッターと似通っているかな。ちょっとミステリーっぽくなっていて、めちゃくちゃ面白い。オススメしておきます。

 

以上、ひとりごとでした。